1 発足までの経過
(1)はじめに
剣道は刀剣を使用して相手と戦う技術を源流として、日本独自の考え方や技術の体系を持ちながら発展してきた伝統的運動文化である。それは、人を殺める技から人を活かす技へと変質させた特異な文化だといえるかもしれない。つまり、戦技としての実用性を離れて、護身、修養、芸能、競技、体育、スポーツなど多様で複合的な文化として幅広い目的と内容を持って継承、発展、普及し今日に至っている。
(2)大町の剣道
宿駅的性格を基に商業が中心の町として発展してきた大町市には、武道に関する資料は極めて少なく、荒山文書(平海の口 荒山幸久氏所蔵)の中の小紙2枚「山口流中太刀九本と小太刀七本の目録」「小天狗流棒術免許目録」と、関文書(社宮本 関喜美栄氏所蔵)
の中の小巻子1巻「夢想流居合序石井棄船(居合奥義)」である。
その他、剣道が文書として残っているものに、大町高校に保存されている「学友会誌」がある。学友会誌には、各号に剣道部の報告が掲載されている他、近代剣道の祖といわれている高野佐三郎(当時 東京高等師範剣道教授)が「大正10(1921)年7月1日に来校、剣道に関する講話のあと一般生徒の練習振りをご覧なされたり、尚一般在町有志及び本校生徒に直接稽古されたり。後有益なるご注意及ごヘ授ありたり」と残されている。昭和57(1982)年9月発刊の『大町高校80年史』では、剣道部について「大中の撃剣部設立は、不明であるが明治37(1904)年10月6日、長中で開かれた中等学校連合運動会に参加しているところから見て、遅くても明治36年までには設立されたものであろう。しかし、創立当時の活動は、残念ながら不明である。」[学友会誌によって撃剣部の活動が明白になるのは、明治44(1911)年からである。]とある。
(3)大町市内の剣道愛好者
長野県剣道連盟の設立は、昭和27(1952)年6月1日である。翌年6月14日(日)には、連盟結成記念大会として、第1回県剣道大会が開催された。番組表の役員一覧には、大北支部
(北安曇支部)の理事として、真鍋義敏と吉田澄郎(北林)の名が残されている。
市内で稽古に励んでいた剣道愛好者の活動の場は、大町高校や大町警察署などで、大町高校の鏡開きには、地域の剣道愛好者や警察署の職員が参加したことなどが学友会誌に掲載されている。
しかし、昭和20(1945)年ポツダム宣言受諾後、剣道が禁止され、多くの剣道愛好者が剣道から離れしまったのは、残念な事実である。
昭和26(1951)年に、剣道が撓競技として復興。昭和28(1953)年保健体育審議会は「スポーツとしての剣道ならば禁止を解いてもよいと答申」。大町市では、いち早く活動を再開したのが大町高校剣道部で昭和31(1956)年のことある。そして、剣道が再び地域社会で始められ、昭和34(1959)年9月6日に開催された第1回総合体育大会(主催:市ほか)にも剣道の試合が行われた。栄えある第1回大会三段以上の部優勝者は伊藤喜一郎(神栄町)であった。
|

顧 問 名誉連盟長 連盟長 副連盟長
栗林省三 奥原徳雄 伊藤喜一郎 西澤寛治

大町市剣道連盟役員

昭和27年長野県剣道連盟設立記念
第1回長野県剣道大会番組表

第1回総合体育大会賞状
剣道1位 三段以上 伊藤喜一郎 |
(4)大町剣道愛好会の誕生
大町剣道愛好会の誕生は昭和48(1973)年である。会の結成に特に力を注いだのは、奥原徳男(常盤上一)、栗林省三(仁科町)、伊藤喜一郎で、事務処理や交渉役を担当したのは、西澤寛治(大黒町)、佐藤正樹(神栄町)、西川正敏(長野市在住)である。初代会長には相模一男(仁科町)を推挙している。しかし、規約等は制定されていない。同年、第16回松本市民体育大会秋季大会に参加し、準決勝で松商OBと対戦し大将戦で破れた記録が残っている。
大町剣道愛好会が大町市体育協会に加入したのは、昭和49(1974)年である。市体育協会定例総会の資料に「新たに2団体が加わった」との記載があり、収支報告書に剣道より1,000円の負担金を受けた内容となっている。この頃の社会体育は、公民館が推進役で、市体育協会事務局は大町公民館職員が担当している。市体育協会に提出された剣道の役員名簿も、事務局は当時の公民館主事の牛越和男(神栄町)となっている。
昭和50(1975)年6月には大町剣道愛好会規約が制定され、会員の募集もおこなわれているが、活発な活動は見られなかった。昭和52(1977)年、再び会員の気運が盛り上がり、大町剣道愛好会が再建され、記念事業として若一王子神社奉納武道大会を復興させた。
|

大町剣道愛好会再建記念行事として復興
第1回若王刀争奪剣道試合の役員 |
2
その後のあゆみ
(1)大町市剣道連盟の設立
昭和60(1985)年4月、それまで大町市の剣道の中心的な組織であった大町剣道愛好会は、大町剣道スポーツ少年団(代表:栗林省三)と常盤剣道スポーツ少年団(代表:奥原徳男)の他に、大町市少年剣道クラブ(代表:木村隆一)、昭和電工少年剣道クラブ(代表:岡部素行)、大町消防署剣道部(代表:細川隆)、大町市役所剣道部(代表:荒井今朝一)等の団体がつぎつぎと設立される中で、各団体の代表組織として、大町市剣道連盟と名称変更し、加盟団体をもって組織を構成することとした。そのため、それまで大町剣道愛好会で活動してきた会員は、発展的に解散した後に再結成された大町剣道愛好会で活動を継続することとなった。連盟長は、奥原徳男を推挙し、副連盟長は栗林省三とした。また、事務局長には西澤寛治、事務局員に木村隆一(神栄町)を指名した。
昭和61(1986)年10月18日、大町剣道愛好会再建から10年の経過を記念し、新設の大町南小学校体育館において、市町村対抗剣道優勝大会を開催した。大会には、中信地区内の8市町村が参加した。大町市剣道連盟は準決勝に進出し松筑剣道連盟に敗れたもののよく健闘した。優勝は、塩尻市体育協会剣道部であった。この大会は、その後、大北剣道連盟の設立とともに主催を移し、引き続き開催されている。平成8(1996)年7月20日には、再建20周年を記念し警視庁警察学校の真砂威教授(現在:教士八段)を迎えて剣道講習会を開催、県内外から剣道愛好者が集まり盛会に開催された。
|

連盟再建20周年記念剣道講習会 真砂威先生による記念講演
|
3 各種大会行事等
(1)選手の派遣
大町市剣道連盟加盟団体からは、各種全国規模の大会に選手を送り出してきたが、入賞の実績は極めて少ない。そのような中で、大黒町出身の倉科むつみ(現姓:二木・三郷村在住)は、昭和56(1981)年に開催された、第23回全国教職員剣道大会女子個人の部で優勝し、平成9(1997)年の第18回北信越国民体育大会と翌年の第19回大会に大将として長野県2年連続優勝に貢献、本国体に出場を果している。その他、全日本女子剣道選手権大会、全日本都道府県対抗剣道優勝大会などに出場し、女性剣道の普及発展に寄与している。
また、野口真由美(九日町)は、平成14(2002)年の第19回全国家庭婦人剣道大会に先鋒で出場、長野県初の3位に入賞。木村真央(神栄町)は、平成13(2001)年の第10回ハンガリーカップ国際剣道大会において、女子個人の部で優勝を果した。
その他、木村隆一が、平成14(2002)年の鹿島神宮式年大祭お船祭記念全国選抜剣道七段大会に出場したほか、国民体育大会に5回、全日本都道府県対抗剣道優勝大会に7回出場している。また、同都道府県対抗大会には、西澤剛(大黒町)が先鋒として出場している。
なお、平成15(2003)年11月8・9日に東京武道館において開催された、第52回全国青年(剣道)大会には、大町市少年剣道クラブの指導者が「對山館」チームとして2回目の出場を果たし、女子団体の部において、長野県初の第3位に入賞した。
少年剣士の活躍も隆盛を記し、大町市少年剣道クラブが長野県少年剣道錬成大会に4回優勝し、全日本少年剣道錬成大会に出場を果している他、全日本少年武道大会など各種全国大会に出場している。
|

平成9年「なみはや国体」に3選手を送出す 榛葉 亨 二木むつみ 木村 隆一

第10回ハンガリーカップ国際剣道大会
対戦した地元シゲット・クジイ剣道チームと |
(2)主催・主管大会
大町市剣道連盟は、市等が主催する大会行事の主管を行っている他は、大北剣道連盟の設立に合わせて、地域で行われてきた大会や行事の主催または主管を移行したため、現在、主催している大会は若一王子神社奉納武道大会若王刀争奪剣道試合だけとなっている。
若一王子神社奉納武道大会は、昭和28(1953)年に安曇日日新聞社の主催で若一王子神社奉納剣道大会として開催され、大町高校剣道部や昭和電工の剣道部、地域の剣道愛好者が数多く参加した。入賞者には、地域商店街から提供された、下駄、桶、傘等の日常生活品が賞品として並べられ、優勝者には、市内時計店提供の掛時計の年もあったと聞く。また、この大会には、古村幸一郎(範士・現県剣道連盟会長)による、試し切りが披露されたこともある。昭和37(1962)年に昭和電工剣道部が設立、当時部員の奥原徳男も出場し、3度の個人優勝を果している。その後、主催名を信濃新報株式会社と変え、昭和42(1967)年の第14回大会まで開催された記録が残っている。現在のように、紅軍と白軍に別れての団体試合を行うようになったのは、昭和52(1977)年に再開されてからである。
今後も、伝統ある大会として継続していかなければならない。
|

第12回 若王刀争奪剣道試合番組表 |
4 組織と歴代役員
大町市剣道連盟組織及び加盟団体一覧
|
大町市剣道連盟歴代役員一覧 |
名誉連盟長 |
奥原 徳男(平11年〜現在) |
顧 問 |
相模 一男(昭60年〜現在)平林多喜男(昭60〜参与・平4年〜現在)栗林 省三(平11年〜現在) |
連 盟 長 |
相模 一男(昭49〜56年・愛好会会長) 奥原 徳男(昭57〜愛好会会長・昭60〜平10年・連盟長)
伊藤喜一郎(平11年〜現在) |
副連盟長 |
奥原 徳男(昭52〜56年・愛好会副会長)栗林 省三(昭60〜平10年)伊藤喜一郎(平9・10年)
西澤 寛治(平11年〜現在)木村 隆一(平11年〜現在) |
常任理事 |
伊藤喜一郎(昭60〜平8年)松本 典久(平11年〜現在)西澤 寛治(昭62・63年)木村 隆一(昭63〜平10年)
久保田 良(平11年〜現在)二木むつみ(平11年〜現在) |
理 事 |
奥原 徳男(昭50・51年)栗林 省三(昭50〜59年)伊藤喜一郎(昭50〜59年)西澤 寛治(昭60・61年)
細川 隆(昭60〜平元年)鳥羽 健一(昭62・63年)金木 實正(昭60・61年)太田あけ美(昭62・63年)
荒井今朝一(昭62〜平10年)福島 陽一(平2〜8年)曽根原久雄(昭62・63年)西澤賢一郎(昭62・63年)
吉沢 彰洋(平9・10年)今井 昭(平11〜12年)西澤 剛(平成9・10年)松本 淳(平9年〜現在)
野口真由美(平11年〜現在)橋井 弘治(平15年〜現在)菅澤 正(平13年〜現在)渡邉 亮次(平15年〜現在) |
運営委員 |
西澤 寛治(昭50年)木村 隆一(昭50〜59年)佐藤 正樹(昭50〜59年)須沢 守信(昭50〜59年) |
監 事 |
青木 裕夫(昭50〜59年)久保田 良(平4〜10年)平林多喜男(昭50〜平3年)松本 典久(昭60〜平10年)
久保田瑞子(平11年〜現在) |
事務局長 |
牛越 和男(昭50年・事務局)西澤 寛治(昭51〜事務局・平7〜14年) 西澤 剛(平11〜次長・15年〜現在) |
会 計 |
奥原 春雄(昭50年)西川 正敏(昭50〜56年) |
|
<平成17(2004)年3月発刊 創立50周年記念 大町市体育協会史「あゆみ」より> |