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 大町市誌 [剣道]
 県立大町中学校は、明治37年(1904)10月長野市で開催の中等学校連合運動会にいち早く参加した。また、同校は、同44年(1911)こ大町警察署と対抗試合をして完勝した記録もある。同年11月、松本市葵の馬場に新築落成した大日本武徳会支部の道場で、松本中学校主催の大会が開かれこれに参加した。この時県下12校、60名の参加者があったが、西沢善次郎(下仲町)が特に成績よく、審判長を勤めた名剣士・高野佐三郎から賞品を授与された。そのころ大町警察署も盛んに稽古をしているが記録が詳かでない。
 日清・日露戦争の後、武士道思想がもりあがり、武道が注目されるようになるが大正期も一般への普及は少なかった。
 大正元年(1912)10月、長野中学校で開催の県下中等学校連合運動会で大町中学の青柳茂晴が優勝した。大正9年(1920)1月には、大町警察署に道場開きがあり、松本・南・北安の愛好者多数参加して盛大に行われた。翌年7月には東京高等師範学校剣道師範高野佐三郎が来市、大町中学校で講演後、生徒や町内有志などに稽古をつけた(「大町高校80年史」)。このころ、市内の愛好者は少なかったが、警察や中学校の道場で練習をするものもあり暑中・寒稽古や納会にも参加し、地域ぐるみの和やかなものがあった。大正8年(1919)大町中学校に来任した太田庄三郎(宮城県)は30年間にわたり剣道を指導し、当地方の中心となって指導に尽くした。
 その後、大町警察署には町田巡査が来任、太田とともに指導者として活躍した。
 昭和29年(1954)真鍋義敏錬士(池田町)の努力で安曇日々新開が主催し、若一王子神社祭礼に剣道の奉納試合を開いた。39年(1964)主催者が信濃新報と替わったが、継続して行われた。当初は鳥居を入った左にあった楽殿で行われたがしばらくして神前広場に移った。高校生が中心で昭電大町工場に新しくできた剣道部などの参加もあり、42年(1967)まで続いた。一方、40年(1965)愛好者によって大町市剣道愛好会が組織され、これによって52年(1977)から再び、王子神社祭礼に「若王刀争奪剣道大会」の奉納試合が開かれて、小・中・高校の生徒の参加によって現在も盛大に行われている。
 こうした一般への剣道の普及によって、昭和45年(1970)五十川裕子(大町高校・常盤)は長野県高校大会に優勝したのち北信越高校大会にも優勝を果たした。
 また、56年(1981)8月、第23回全国教職員剣道大会女子の部に倉科むつみ(現姓二木・下諏訪中学勤務、大町高・大黒町出身)が優勝をとげた。
 現在、常盤剣道スポーツ少年団(31人、指導・奥原徳男)、大町剣道スポーツ少年団(25人、指導・栗林省三)、大町市少年剣道クラブ(64人、指導・木村隆一)の組織があり、少年剣士たちは厳しい鍛練を積んでおり、昭和60年(1985)4月には大町市剣道連盟(代表奥原徳男)も結成をみた。

(昭和60年9月1日発行 大町市史 第4巻 近代・現代より)


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